今回は「SHOE DOG」 あのNIKEの創設者フィル・ナイト (Phil Knight) の自伝のバイリンガル書評です。今回も大いにネタバレしながら書評します。
↓僕が読んだ英語の原書はこれ
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SHOE DOGを読んだ理由
じつは前評判がけっこう良かったことも知らず、書店でたまたま見かけたので買っただけなんです(笑
もともとNIKEヘビーユーザーなので他のブランドの創設者の自伝よりはちょっと興味あるかも?程度の興味でした。
SHOE DOG あらすじ
NIKE創設者であるPhil Knightの自伝なのであらすじも何もないだろ…ではあるのですが、要約してみると
日本に興味深々なアメリカの若者フィル・ナイトが四苦八苦しながら日本の運動靴製造会社オニツカ(スポーツブランド『オニツカタイガー』を生んだ日本企業)の米国総代理店として会社を設立!ドキドキハラハラしつつもやりがいに満ちた毎日を過ごし、会社「ブルーリボン」(のちのNIKE)は急成長。
しかし、突如大きな災難が降りかかる。それはなんとオニツカの裏切りだった…
はたしてフィルと彼の命ともいえる会社ブルーリボン(のちのNIKE)はこの危機を生き延びることができるのか?
てな感じですかね。
ま、Philがこの危機を乗り越えてめっちゃ大成功するのは俺らみんな知ってるけどなw
SHOE DOG ネタバレ・感想 とくに興味深い点とは
ではいつものように大いにネタバレしつつ、とくに面白かった・僕の心に強い印象を残した点を見ていきましょう。
注意!これ以降は壮大なネタバレが登場します。ネタバレを読みたくない方はブラウザで戻るか当ブログの別な記事を読んでね!
SHOE DOG ネタバレ・感想 とにかく笑える!毎日がジェットコースター状態
注意!これ以降は壮大なネタバレが登場します。ネタバレを読みたくない方はブラウザで戻るか当ブログの別な記事を読んでね!
物語が始まるのは1962年。時代の空気(反戦運動、日本に注目が集まってきた雰囲気など)がよく出ています。
しかし…この本、完読するまでに何回笑ったかもう分らないくらい笑いました。
笑いのネタがあちこち仕込んであって全編を通して雰囲気が明るいのです。しかも最初から最後まで疾走する勢いでぐんぐん読ませるので読後感も爽やか。
まああれだけの巨大企業の創設者ですからゴーストライターに丸投げした可能性もありですけどね(笑
SHOE DOG ネタバレ・感想 日本にすごく興味を持っている
Philさんという方は最初からすごく日本に興味を持っていて、だからこそ60年代の米国に日本製の運動靴を流通させるビジネスプランを実行するわけですが、
ざっくりいうとオニツカからかなりキツイ扱いを受け続けBlue Ribbon (のちのNIKE) 絶体絶命か⁈となった時、Philはひとり東京銀行(のちの三菱UFJ銀行) LA支店の門を叩きます。東京銀行から日商岩井に紹介してもらい融資を取り付けたおかげで会社は立ち直り、快進撃が始まるんですね。あらためて見るとNIKEって驚くほど日本との縁が深い会社なんだなと思います。
SHOE DOG ネタバレ・感想 米国人だけど原爆投下の話から逃げない。しかし…
じつはこれがこの本の中で僕がとくに感服した点です。
米国政府は「原爆投下は正義であった」という姿勢は崩せない。しかし原爆投下が大量破壊兵器による大虐殺であったことも事実であり、しかもこの事実は隠ぺいすることが日増しに困難になってきている。つまり原爆投下は米国にとっての【不都合な真実】なので、米国が取り得るベストな戦略はこの75年間、ずっと「原爆投下の話題は全力で避ける」なわけです。
しかしPhilさんは原爆投下から逃げてない。
もちろんあまり詳細に渡って書き過ぎるといろいろと厄介なことに巻き込まれる恐れもあるので(*何が厄介なのか?については後で説明)米国人として米国政府に対する忖度もしつつ、日本人に対する敬意も払うために「ギリギリの線で日本・米国の双方に配慮しながら最小限に書く」という手段をとっている。
ただしですね…
Philさんは広島平和記念資料館に行ったときの場面で一度も、「原爆」はもちろん「爆弾」の単語すら全く使ってないんですよ。
僕はこの広島平和記念資料館の場面を読んで、原爆投下に言及することから逃げなかったPhilさんですら「原爆」という単語を一度も使わなかった事実にこそ、いかに原爆投下が米国人にとって触れたくない・触れられたくない話題であるかがにじみ出ていると思ったし、そして「米国人が広島・長崎への原爆投下について語ることにつきまとう闇の深さ」を感じましたね。
では広島原爆資料館を訪ねた時の描写の一部分を引用しておきます。
I stood open-mouthed, before the blackened skeleton of a building, where people had loved and worked and laughed, until. I tried to feel and hear the moment of impact. I felt sick at heart as I turned a corner and came upon a scorched shoe, under glass, the footprint of its owner still visible.
- P189, PART ONE, SHOE DOG
(以下和訳)
黒こげの骨組みだけになった建物の前で私は唖然としたまま立ち尽くした。ここでは「あの瞬間」まで街の人々が普通に愛を交わし、働き、微笑み合っていたのだ。私は爆発の瞬間の轟音と衝撃を想像しようと試みた。通路の角を曲がって焦げた靴が目に入り、飛び散ったガラス片の下にはまだその靴を履いていた人の足跡が焼き付いたままになっているのを見て心底気持ち悪くなった。
(↑和訳は本ブログ管理人による)
*上の方で言及した「いろいろと厄介なこと」 についての説明:
1995年に米国の国立スミソニアン航空宇宙博物館が広島に原爆投下したB29爆撃機エノラ・ゲイ機体展示および各種遺留品・記録を展示する原爆展を企画したが、この企画がメディアに知られた途端、米国中で論議を巻き起こして大騒ぎとなった事件。米国議会や在郷軍人会などの圧力がスミソニアン航空宇宙博物館にかかった結果、開幕直前になって原爆展は中止、当時の博物館館長マーティン・ハーウィットは辞任に追い込まれた。*ハーウィットはその経過を記した『拒絶された原爆展』をのちに出版。
まあいわゆる地雷トピックってやつだな
現時点では広島・長崎原爆投下の是非について大論争に発展した最大の事件といえば、上記のスミソニアン博物館原爆展示論争です。もし建設的に議論をするにせよ、(米国内では)各方面へものすごーーく気遣い・根回ししたうえで戦略的に慎重に取り扱わねばならない話題だと思います。
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SHOE DOG ネタバレ・感想 ついに上場・NIKE誕生。そして突然の悲劇
オニツカとの関係悪化が訴訟へ発展するも勝訴、日商岩井からのサポートも得て快進撃を続けるブルーリボン社Blue RibbonとPhil。1980年12月某日、ついにスポーツアパレルブランドとしてNY株式市場へ上場し社名を「NIKE」に変更、すごいスピードで成長を続けます。その20年後には売上100億ドル(1兆150億円)超え、会社の初期には神にも思えていたあのアディダスと肩を並べる超巨大企業へ育った、そんなある日。
突然の悲劇の知らせが飛び込んできます。
2004年。Philの長男Matthew、突然の事故死。
この事件のあと、2年もしないうちにPhilは40年間務めた会社のCEO最高責任者の地位から引退します。34歳の長男を失った父親の胸中たるや、まさに推して知るべし…
それまでけっこう軽妙だった文章が、この章に入ったとたん40年間の時の重みと、突然の息子の死に直面した父親の胸の内を静かに綴る筆致に変わるのは胸に迫るものがあります。
そして数年後のある月夜の晩。Philは映画「The Bucket List」に思いを馳せ「引退はしたがまだやり残したことがある。自分のBucket Listを遂行しよう」とノートを出し自分の考えを書き出し始めます。
SHOE DOG ・考察 完読した後で分かったこと
SHOE DOG ネタバレ・感想 じつはNIKEはかなり早期に登場してた
上場時に「ブルーリボン」から社名変更しNIKE誕生、となるのですが、そのはるか以前、ブルーリボン設立の前にギリシャにあるTemple of Nike (つまり『Nike=勝利』の神殿)をPhilが訪れた場面で「NIKE」という名前はすでに本書の中に登場してるんですね。
しかも古代ギリシャ演劇に「Knights」という作品があり「Nike」の神殿で戦士が王に貢物としてなんと「靴」を献上するという場面がある、とまで書いてある。
SHOE DOG ネタバレ・感想 NIKE最古参メンバーJohnsonの扱いが雑(笑)
ここが一番僕の笑いのツボだったのですがとくに物語の始めの段階で最古参メンバーのJohnsonが悩み相談を何度もPhilにするんだけど、Philさんすごく対応が雑なんですよね。
Johnsonは作品中では「重要なギャグ要員ポジ」でもあるのでそれはありなのですが、もうPhilさんによる彼の扱いが雑過ぎて泣く。しかもずーーっと雑。
結局Johnsonってfull-time employee No.1 「NIKE(旧Blue Ribbon)正社員第一号」だし、非常に愛されて頼りにされていたのだなと思いました。
SHOE DOG ネタバレ・感想 まとめ
自社に対する愛はもちろんですが、同じくらい自分の周囲の皆さんへの愛にあふれており読後に気持ちが明るくなる一冊。
Philさんご自身が少年時代から陸上競技をかなりやっていた方なのですが、これはそんな陸上競技アスリートの青年が小さな運動靴輸入代理店を始めその会社を育て、世界有数のトップスポーツブランドになるまで人生を全力疾走する話。その道のりを辛酸舐めながら経験し尽くしたからこそ書ける物語です。
Philさんからの読者への助言もほんの3つ4つくらいの短いポイントだけで巷の社長ブログやエライオサーンの自伝にありがちなウザい説教臭さがほぼほぼゼロなのもかなり好感がもてました。
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