こちらは先に公開した三体3こと「死神永生」の壮大なネタバレ書評とは違い、あらすじ紹介と解説はするけどネタバレは最小限にとどめるべく配慮してます。
上で言ってる三体3こと「死神永生」の壮大なネタバレ書評記事はこちら↓
三体1こと「三体」を読んだ理由
もうとにかく前評判がすごかったんですわ。
マーク・ザッカーバーグもバラク・オバマも読んで大絶賛したうえに日本の著名ゲームデザイナー小島秀夫が「奇跡の超トンデモSFだ」と称えたのがこの「三体」。
だからもともと中国発・中国語が原書のこの作品が2014年に英訳版が出版されてすぐ日本を除く世界中で大ヒットした件も知っててずーっと読みたいと思ってたんですが…これは読んだらハマってえらいことになってしまう恐ろしい本だ!と直感し必死に見ないふりをし続けてたんです(笑
そのまま5年間ほどずーっと我慢してたのですがそのうちコロナ禍が勃発し、2020年のクリスマス休暇。ついに辛抱しきれなくなり三部作全巻を英語版で購入して一気読みし倒しちゃいました。コロナ禍勃発の最初の年だったからシンガポール国外への出張も無くなり急に自由になる時間が増えたことも大きかったです。あいにくその後は急に多忙になりブログに触ることもままならなかったのですが、一年以上経った今になりやっと時間ができたので書評を書いた次第です。
三体1 こと「三体」あらすじ
さて三体1こと「三体」はもともと原書の中国語で「地球往事」という大河SF三部作のうちの第一篇にあたります。
三体1こと「三体」のあらすじを書くと、
1967年、文化大革命の嵐が吹き荒れる中国。清華大学の構内で女子大生・葉文潔の父親が紅衛兵に拷問・惨殺される。
人類全般に失望した葉文潔は宇宙物理学者として頭角を現し謎の軍事機密施設・紅岸基地にヘッドハントされるが、「人類が良心を取り戻し地球の未来を良きものとするには地球外知的文明からの干渉が必要だ」との確信を得てある地球外知的生命体とコンタクトする。
しかしその地球外文明とは全体主義かつ帝国主義政府であり、太陽系を侵略するべく大艦隊を編成し4万光年の彼方から地球目指し出航する。はたして地球は、人類は、この迫りくる未曽有の危機を生き延びることができるのか⁈
とこんな感じ。
それからここが大事なんですが、「大河SFシリーズ」と聞いて多くの方が銀英伝に代表されるスペースオペラを思い浮かべるかと思いますが三体三部作は
「ハードサイエンスの堅固な土台の上に構築されたハードSF」
です。断じて銀英伝のようなスペースオペラではない。
三体1 解説・興味深い点を見てみよう
三体1: 450年後に三体星人艦隊が地球侵略に来る
異星人の侵略!というこの壮大な難題をどうするどうなる?が主題なのですがこの設定、海外SF古典名作を読んでる方ならすぐ
「数百年後に自分らの文明が滅びてしまうから今すぐ対策とりましょう、って話…『ファウンデーション』か??」
となると思うんです。
三体1: 解説・文化大革命の暴力の嵐がまるで○○と瓜二つ
三体1の物語の最初のほうで文化大革命真っ只中に葉文潔の父親の清華大学教授が紅衛兵に拷問・惨殺される場面があるんだけど、同じような事は70年代のカンボジアでも共産党がやってたんですよね。
三体1 解説・これはホラーなのか?
さらに第二部に入り物語が文化大革命当時から時が流れ現在の中国に舞台が移ったのち、鈴木光司スタイルじみた怪奇現象が多発しこの本の主人公・汪淼(ナノマテリアルの研究者)の身辺にも不穏な気配がじわじわと這い寄ってくるあたり、ジャパニーズホラーを彷彿とさせる不気味さがなかなか良いんです。
謎が謎を読んで同時に気味悪さが増していき、これはやられた方が精神的に潰されるわーと読んでいて思わされる状態が真犯人の正体が判明するまで続く。鈴木光司スタイルじみた描写、というのはこの↓記事で訳者の大森望さんも言っていますね。
https://www.webdoku.jp/mettakuta/omori_nozomi/20190901092932.html
三体1 解説・史強がカッコイイ
そして日に日に焦燥にかられ心理的に追い込まれる主人公・汪淼(ワンミャオ)のもとに現れるのが、刑事の史強(シーチャン)。古い映画に出てくるタイプの硬派な刑事でゴリマッチョ中年男性です。
腕っぷしが立つ・とにかく頼りになる・人間の感情の動きをボディランゲージ・気配・言葉の変化だけで瞬時に読み取る動物的な勘に秀でている・彼が来ただけでその場はなんとかなる!とはたで見ているこちらが希望が湧くタイプの男なんです。
上画像: テンセント騰訊动漫サイトより引用
テンセントの三体ウェブコミックへのリンクはこちら➡騰訊动漫
騰訊(テンセント)の三体ウェブコミックは僕がこの記事を書いている2022年3月現在でも無料公開中でなかなか好評のようです。中国語で書かれていますが全て無料←じつは僕もさっき読んできましたw中国語学習者の皆さんはぜひトライしてみて下さい。
三体1 解説・VR三体ゲームの謎
VR三体ゲーム (ヴァーチャル三体) の描写が続く場面では①三体星人達が暮らす世界とはどんなものか地球人に理解させるため②ETOこと三体協会のメンバーをリクルートするための最も効率的な手段としてVRゲームという手に出たんですよね。べつにギャグや冗談などではなくて(笑)
またそのゲーム内でダヴィンチ・コペルニクス・墨子・秦の始皇帝など(中国人なら)誰でも知ってる歴史上の超有名人ばかりを案内・解説役として登場させるのもそうした方が地球人にとって全くなじみがない異様な異星人キャラを使うよりもずっと話を飲み込みやすいからにほかならないです。
個人的にはVR三体ゲームの中の描写がちょっと冗長な気もしますが、このVR三体ゲームの場面は「いったい誰が何のためにこんな莫大な金をかけてすごくよくできたオンラインゲームなんか作るんだろう?」と読者の興味と謎を掻き立てるための書き手側による演出でもあります。
三体1 解説・「三体」はテクノロジーではなくサイエンス重視
この↓リンク先の記事でも指摘されてますが、昨今のSF小説・漫画ではバイオテクノロジーの暴走のせいで起こるゾンビ蔓延もの・疫病アウトブレイクものといった「テックスリラー」乱立状態でテクノロジーを前面に出す作品が多いです。でも一方「三体」で再三繰り返し説かれるのはテクノロジーではなく「基礎研究」の大切さである点はすごく独特だと感じました。
https://wired.jp/2020/07/18/darkforest-ikeda-review/
すべての災いの大元となった葉文潔(イェ・ウェンジエ: 宇宙物理学者)・なんらかの鍵を握ってるらしい引きこもりの魏成(ウェイチェン: 天才数学者)といったキャラを物語の中心付近に置いてるうえ、宇宙船の恒星間航行における軌道力学や知性を持つ陽子(ソフォン)が11次元から2次元に展開する描写などをみっちり見せている。宇宙物理学をはじめとする「科学=サイエンス」が根本のところに据えられてるんです。
そのへんを見てると昨今のバイオ技術・AI・ロボット工学ばかり盛ってテックを前面に出す作品群とはあきらかに一線を画しているなと思いました。
三体1 「三体」 英語版で印象に残った英語表現
“taikonaut”という単語
英語ネイティブが普段読むたぐいの報道記事などで「宇宙飛行士」を指す単語にはいくつか種類があるのですが、面白いことに宇宙飛行士の出身国に合わせて用いる単語を変えてるメディア媒体が多いです。たとえばロシア・旧ソ連の宇宙飛行士について報道する時は基本(というか英米欧の宇宙飛行士を指す用)のastronautを使わずにcosmonautを使う例が大半です。そして近年は中国の宇宙飛行士について報道するときにはtaikonautを使うマスメディア媒体もめっきり増えました。もちろんこの単語は三体1にも出てきます。
A while ago I was part of the medical team for the Shenzhou 19 spacecraft. Some taikonauts engaged in extravehicular activities reported seeing flashes that didn’t exist.
<P93, 6. The Shooter and the farmer, Three Body: Part II, The Three-Body Problem>
[以前神舟19号の医療チームにいたことがあるんですが、船外活動に従事していた宇宙飛行士の何人かが実際には存在するはずのない閃光の点滅を目撃した、と報告してきたことがありましたねえ]
ちなみに「神舟」は中国の実在する宇宙船の名で僕がこれを書いてる現時点では2021年10月16日に中国独自の宇宙ステーション建設のために神舟13号が打ち上げられたのが直近でミッションが進んでいます。
著者あとがきにある主張
今回の三体書評記事はネタバレを最小限に食い止めながら書いてるので、物語の中の英文ではなく代わりにここでは著者あとがきの英訳から興味深かった部分だけ触れてみます。
劉慈欣さんは著者あとがきも面白くて知的宇宙生命体についてどう構えるべきかの自説も展開してたりするんですよ。
But when they gaze up at the stars, they turn sentimental and believe that if extraterrestrial intelligences exist, they must be civilizations bound by universal, noble, moral constraints, as if cherishing and loving different forms of life are parts of a self-evident universal code of conduct.
<P430, Author’s Postscript, The Three-Body Problem>
[しかし我々人類は星空を見上げると感傷的になって、もし異星文明が存在するとしたらきっと全宇宙共通の高貴で立派な倫理規範を掲げる人たちであるはずだと決めつけてかかる。まるで異種生命体を慈しみ愛することが汎宇宙的な行動規範であるがごとくに]
…とまあ、異星人と地球をめぐる物語「三体」の著者である劉慈欣さんらしいといえば彼らしい主張をしています。
僕は上記の部分を読んでまっさきにかのスティーブン・ホーキング(Stephen Hawking)博士が異星人とのコンタクトについて数年前にかなり悲観的な自説を述べていたのを連想しましたがホーキング博士は生前、
「知的宇宙生命体がコンタクトして来たとしたら、ものすごい危険に我々は晒されていると考えるべき」
と言いきってたんですよね。でもその一方でホーキング博士はBreakthrough Starshot Project (ブレイクスルー・プロジェクト: 25兆マイルの彼方にあるアルファ・ケンタウリ星系に小型宇宙船を向かわせる計画)はやる気マンマンだったという…
上のホーキング博士の発言についてはこのナショナルジオグラフィック記事(英語)をご覧ください
まあ三体1「三体」では地球人側宇宙防衛軍もまだ○○持ってないし○○○での闘いがメインだし智子もほぼ○○○してないからワクワクするほどSFチックでめっちゃ萌えー(^^♪って思う英語表現が思い当たらないとも言えるな
三体1 解説・完読した後で分かったこと
三体のキャラが登場する小説はほかにもある
なんと三体1に出てくる楊冬(ヤンドン)の恋人である丁儀(ディンイー)が劉慈欣の別な小説「球状閃電(Ball Lightening)」 にも出てくるらしいのです。
*この記事書いてる時点では球状閃電の日本語版は出版されていないようなので中国語か英語版で読むしかなさそうです
あとこの記事の上の方ですでに紹介ずみのこのWEB本の雑誌の記事を読んでて知ったのですが、「折りたたみ北京」収録の短編「円」は三体1で登場した「VR三体ゲーム」の中の場面のある部分を改作したものらしいですね。そちらはまだ読んでないのでぜひいずれ読みたいと思います。
三体1 解説・「三体」は若い女性が「パンドラ」となる話
著者の劉さんは三体1で若い女性科学者が人類のモラルのなさにとことん希望を失い、絶望の果てに遥かかなたの異星人にコンタクトし人類の命運を揺るがす大災厄のきっかけになる、つまりギリシャ神話に登場する古代ギリシャ人の女性パンドラとなってしまう、というストーリーを綴るのですが、この「若い女性科学者が人類の命運を揺るがすことになる=パンドラとなる」という物語の仕掛けは三体3でも繰り返されます。
ここではこれ以上は語らないことにしますが、詳しくは三体3死神永生のネタバレ記事でとことん語るのでネタバレを恐れない方はそちらをご覧ください。
三体1 解説・日本語と英語で読んで気づいた点
三体1 「三体」 英語版を読んで気づいた点
ほかの方々も感想でおっしゃっていることですが英語版はケン・リュウさんの英訳が素晴らしい出来で、日本語より言い回しがまどろっこしい部分がなく読んでいて分かりやすい・文章が明瞭という点には僕も同意です。
これもWikipediaはじめいろいろな所でも言及されている事ですが著者の劉慈欣さんが「英語版の訳がむしろ原書の中国語本より良く書けているくらいなので英語が読める人には英語版を読むように薦めている」というのが頷けるほど、実際に読んでいて素晴らしく分かりやすい英訳だと思いました。
三体1こと「三体」(英語題: The Three-Body Problem)の英語版を読みたいと思った方はこちらをどうぞ↓
三体1 「三体」 日本語版を読んで気づいた点
日本語は僕の母語で一番自由自在に駆使できる言語なのでたしかに読みやすいのですが…三体1については読みやすいのになぜかまどろっこしさを感じました。まあこれは僕が英語話者であるせいもあるかもしれません。
またそれは英語版のケン・リュウさんの言葉選びが論理明快ながら原書の中国語が持つ抒情的色彩も取りこぼさないように配慮された非常に素晴らしいものだということにもよるのかもしれないです。
あとほかにも多数の日本語話者読者の皆さん方が言及している点ですが、ちょっと気になったのが日本語版での文章の「句読点の多さ」。あれは大森望さんの訳文に特有なものなんですかね。
三体1 「三体」 感想まとめ
他の方々もおっしゃっているとおり三体1こと「三体」は最初からずっと理詰めで攻めてきて徹底的にファンタジー要素を排除しながらストーリーが進むので、読み進めるにつれ登場人物の主張やストーリー設定に説得力が増していく構造になっています。
…が!!!
別な言い方をすると本格ハードSFが好みではない方やラノベやファンタジー小説命な方々には大変残念ですがまさに地獄、拷問でしかない本だと思います。
ぶっちゃけ普段ラノベや恋愛小説しか読まない人は置いてきぼりにされちゃいそうな類の本ですが、ちょっとでも科学に興味ある人なら爆発的な面白さで時を忘れて没頭してしまう可能性高な本です。
しかも、しかも、ですよ。
三体1は三部作の「第一篇」。そう、これはまだ序盤でしかないんです(驚
宇宙物理学理論でおなか一杯なんて言ってるそこのあなた。そんなこと言ってる場合じゃないですよ!今後まだまだどエライ展開になるのです!!
最後に: すごーく大事なことなので言っておきますが、三体三部作を読みたい人は必ず三体1こと「三体」から読むことを全力でおすすめします。
日本語版だと三体2や3から読み始めても楽しめるように設計されてはいますが三体という物語自体は「地球往事」という大河SF三部作なので、三体1から読むほうが混乱しないので断然ラクです。
では今回は以上です。