中国発SF超大作「死神永生」またの名を「三体 3」を日本語と英語の2言語で完読したので感想と考察を壮大なネタバレ(笑)とともに公開します。
三体3 死神永生を読んだ理由
「海外SFを英語で読んでネタバレ書評を書く企画」第一弾めとして読みました。
18歳頃からここ10年ほど英語で書かれた海外SFを原書で読んでおり、海外SFネタバレ書評企画の第一弾も当初は英語が原書の古典SFとして有名なStarship Troopers(邦題: 宇宙の戦士)について書こうと考えていました。
…しかし!
2016年に英語版が出版されるや世界中で爆発的にヒットした中国発の本格SF超大作「三体」三部作を読みたいのをずーっと我慢していたのがついに限界に達し(笑)、2020年末のクリスマス休暇中に英語版を全巻購入、一気に全て(総計1,708ページ)読破してその爆発的なパワーに人生観が変わったほどの衝撃を受けたんです。
その後多忙となりブログ書く時間もとれず、そうこうしてる間に死神永生の日本語版も2021年5月下旬に発売されてしまったので日本語版も入手・完読し、今年2022年になりようやくネタバレ書評を書き終えた次第です。
三体3 死神永生 あらすじ
死神永生はまたの名を「三体3」。三体シリーズ三部作の最終篇であり地球人vs.三体人との惑星間戦争の完結篇です。あらすじを要約すると、
地球文明をはるかに超える科学技術を誇る惑星に住む三体人が太陽系侵略をもくろむ。対する地球人類の切り札が三体人の最大の弱点を突く「面壁計画」。
じつはこの計画とほぼ同時に進行する別の秘密作戦が存在し、それが本篇の主人公・程心(チェンシン)が生み出した「階梯計画」。こちらは迫りくる三体人の大艦隊に入り込むべく人間を一人だけ送り込むという奇策。これら二つの計画が進行する一方、 “智恵のある亜原子粒子=智子(ソフォン)”を基盤として稼働する精緻AIロボット 「智子」(ソフォン)が誕生し、彼女と人類との関係も変化してゆくが…
銀河の彼方から迫りくる三体人艦隊そして謎の生命体までもが登場する中、はたしてわれわれ人類は襲い来る危機を生き延びることができるのか?
…とこんな感じですかね。
*警告: これ以降は盛大にネタバレが登場します。死神永生ネタバレを見たくない方はここで読むのを止めて下さいね~
死神永生: ネタバレ・解説 英語と日本語で考察
*警告: これ以降は盛大にネタバレが登場します。死神永生ネタバレを見たくない方はここで読むのを止めて下さいね~
三体3 死神永生: 英語だと用語・名前がやたらカッコいい(笑)
すでに多数の方々が言っているとおり、英語で読むと原書の中国語と日本語版の漢字の三体ワールド用語とか宇宙船の名前がいちいちカッコよくてしびれる(笑)
たとえばですね、
面壁人計画 | Wallfacer Program ウォールフェイサー・プロジェクト |
執剣人 | Swordholder ソードホルダー |
面壁人 | Wallfacer ウォールフェイサー |
破壁人 | Wallbreaker ウォールブレイカー |
万有引力(宇宙船) | Gravity グラヴィティ |
青銅時代(宇宙船) | Bronze Age ブロンズエイジ |
量子 (宇宙船) | Qantum クォンタム |
藍色空間 (宇宙船) | Blue Space ブルースペース |
…とちょっと挙げてみただけでこんなかんじ。かっけええええ…ヲタ心をこれほどくすぐるものはないですよね。
三体3 死神永生: 程心の容姿について
著者の劉慈欣は登場人物とくに女性の容姿について描写がすごく少ない、とよく言われているが、めずらしく程心については第一部で「ボブカットで毛先が優雅にカールしている」と書いている。あと周囲が振り返って見つめるほどの美女である描写も再三出てくる。
とはいえ全体的に女性のルックス描写が他小説に比べびっくりするほど少ないです。
そういえば三体2 「暗黒森林」では男性ですが、主人公の羅輯(ルオジー)についても容姿を直接的に描写をするかわりに彼の行動パターンで「チャラいイケメン」であることを表現していました。
三体3 死神永生: 英語版で見た美しい英語表現・とくに印象に残った英語の文
“智恵のある亜原子粒子=智子(ソフォン)”を基盤として稼働する精緻AIロボット 「智子」(中国語で『ジーヅゥ』だが日本語版・英語版では『ソフォン』と呼ばれている)。三体星人と地球人の先端テクノロジーを統合して生み出されたのですが、なぜか日本人女性をモデルに構築されているんです。偶然によくある日本人女性名とソフォンの綴りが同じ漢字であることを知った著者の劉さんが速攻でそう設定したのかもしれませんが。
ともあれ、この智子を抜きにしては死神永生は語れないといってもよいのですが、この智子(ソフォン)を描写する言葉がそれはもうたいそうな美貌を示唆するものばかり。とくに美しいと思った日本語と英語での描写をここに紹介します。
死神永生 日本語版(早川書房)第三部P375より以下引用:
程心は彼女が異星人の侵略者であること、四光年も離れた強大な異性文明に操られていることをすっかり忘れてしまった。目の前にいるのはひとりのたおやかな美女にすぎない。人間離れしている点と言えば、女らしすぎることぐらいか。顔料を薄めるように、もし智子を大きな湖に浸したら、湖全体が女性色になってしまいそうなほどの女性らしさだった。
死神永生 英語版P155より以下引用:
Chen Xin had completely forgotten that she was an alien invader, that she was controlled by a powerful world four light-years away. All she saw was a lovely woman, distinguished by her overwhelming femininity, like a concentrated pigment pellet that could turn a whole lake pink.
<P155, Deterrence Era, Year 61 The Swordholder: Part II, Death’s End >
本書の中で同じ部分が日本語本では上記となっていますが、↑の英語本の表現の方が個人的には優美さが勝っていると感じました。とくに “…concentrated pigment pellet that could turn a whole lake pink” のところなど智子の隣に立っているだけで匂い立つ女らしさでこちらが我を忘れ茫然となってしまいそうな気すらします。
もうひとつ智子(ソフォン)の美しさを描写している箇所を紹介。
死神永生 日本語版(早川書房)第三部P375より以下引用:
屋敷の玄関で二人を出迎えた智子は、きょうもまた豪奢な着物に身を包み結い上げた日本髪に生花を挿していた。迷彩服を着た悪の忍者は跡形もなく消え去り、花畑にこんこんと湧き出す泉のような女性に戻っている。
死神永生 英語版P319より以下引用:
Sophon welcomed them in front of her house. Once again, she was dressed in a splendid kimono, and she wore fresh flowers in her bun. That vicious ninja dressed in camouflage had disappeared completely, and she was once again a woman who resembled a bubbling spring nestled among flowers.
<P319, Broadcast Era, Year 7 Sophon: Part III, Death’s End >
“a bubbling spring nestled among flowers”と女性をたとえるなんてとても詩的な表現ですね。
上記の日本語本の方では「結い上げた日本髪に…」とあるのですが、僕としては智子は日本髪を結ってないと思ってます。英語の”bun”もただ「おだんごヘア・まとめ髪」を意味する単語だし美的感覚も完璧な智子のことですから、個人的には日本髪というよりは洗練されモダンなアップスタイルだと思う。まあここは訳者の方の趣味でしょう。
ふだんから豪奢な着物姿で過ごし茶道をたしなむ美女ロボット・智子の広大な邸宅には庭園・石の太鼓橋・流れる小川そして竹林まで整備されてるとあるのでこんな感じかもしれませんね
それと第2部で戦艦「万有引力」の搭乗員らが戦艦「藍色空間」戦闘員にハイジャックされ重力波宇宙送信が実行されるちょい前の部分で日系の航海士Reiko Akihara (秋原玲子)が出てきますが、それ以外に三体1・2でも日本人女性科学者が数名登場していたはず。
このように三体シリーズでは「日本人女性」もしくは日本人女性をモデルに製造されたロボットが時々登場するのですが彼女らはみな「頭脳優秀及び恋愛対象」もしくは「人知を超越した美と力と恐怖の象徴(智子の例)」だったりします。これは著者の劉さんの日本人女性に対する空想とか憧れとかが反映されているのかなと思う部分です。
まあこのへんは英語版が出版された2016年以降世界中から「女性差別的」「趣味が古すぎる」とか言われちゃってる点ですがこれに対する僕からの一言は、
「これ書いた2010年当時の劉さんって47歳・中国で働く理系SFオタク男子ですよ。世の中そんなもんです」
以上。
あとコールドスリープから目覚めた100年後くらいの北京が高身長・女かと見まごうほどのロン毛で顔ツルツルのカワイイ系男子だらけになってて程心がビックリする場面とかあるな
*ここで「コナングレイって誰?」となった方はこちらをご覧ください。
三体3 死神永生でも 三体1の『飛刃』が再び登場?
日本語版の第一部P110で、
「”飛刃”と呼ばれるナノマテリアル製のケーブルは蜘蛛の糸の10分の一の太さしかなく…」
という文が出てきますが、三体1の主人公の汪淼(ワンミャオ)が脳裏に浮かんでうれしかったです(彼こそが『飛刃』の生みの親で三体1で大活躍します)彼が開発した超先端ナノテク兵器「飛刃」が本篇では姿を超強度ケーブルに変えて登場してるわけですね。ワンミャオすごく貢献してる!
*三体1(三体)に興味がおありの方はここから購入できます。
三体3 死神永生: ネタバレ・解説 壮大なネタバレで考察しよう
さてさらに思いきって死神永生のストーリー中でもとくに重要な部分だけ、大いにネタバレしまくりながら踏み込んで考察をしてみます。
*警告: これ以降はもう致命的なレベルで壮大なネタバレが登場します。身も蓋もないくらいに致命的な死神永生ネタバレを見たくない方はここで止めて当ブログのほかの記事を読んでね~
三体3 「死神永生」は百合SFってホント?
「三体3・死神永生」が日本語版が発売になる以前は日本各地で「この本は百合SFだ」との説が流れていたのですが、いざ読んでみたらそのような「えちえちで抜けそうなステキナシーン()」などひとつも登場しない。ただ程心と艾AAが若い女子2人きりで宇宙船で長期間の旅をするだけ。誰ですが百合なんて言いだしたのは。責任取れや!(号泣
三体3 「死神永生」雲天明と程心とのふたりは結ばれるのか?
第一部で天明が程心に星(かなりの大金を払って恒星をひとつ購入)をプレゼントし、そのうえ脳だけになって死ぬよりも辛い恐怖が待っていると予測される世界へ出発する。そこまでしても彼らは結ばれない。そう、彼らは文字通り英語でいうところのstar-crossed loversとなるのです。
まるで牽牛と織姫のごとく永遠に触れ合うことのない存在、それが天明が程心。こういう筋書きを書けるのはやはり著者の劉慈欣さんが中国人だからかなあと思ったり(牽牛と織姫の童話は中国発)。
「著者の劉慈欣さんは非モテ男子にはキビシイ」という感想をamazonレビューかどこかで見かけましたがこの三体3でも(天明の長い長い片思いが終わるのかどうかについて)非常にキビシイ結末となっています(泣
三体3 ネタバレ・地球は助かるのか?
「地球が」助からない、というよりごく少数のラッキーな生命体達をのぞき太陽系含むこの宇宙全てが『より高次の存在』によっていきなり2次元状態に畳まれて殲滅されてしまいます。ここの描写がかなりの阿鼻叫喚で地獄そのもの。
三体3 ネタバレ・考察 この物語の結末(三体三部作の結末)
我々の大宇宙全体が消滅し、新たなビッグバンが起り生まれ変わった大宇宙が誕生するのを少数の生存者たちが待つところで物語は完結します。
これが本篇の「英語版題名がDeath’s Endであるゆえん」だと思うのです。我々が現在住んでいるこの大宇宙は滅びます。でも主人公を含む少数の生存者たちは新たな宇宙が生まれる=つまり現在滅びゆく宇宙の「死が終わるその日」(=Death’s End) を待ちながら、未来へのいくらかの希望を胸に抱きつつ過ごす場面でストーリーは幕を閉じるのです。
しかしここで中国語の原題に目を転じると「死神永生」となっています。死神は英語でDeathだから中国語で書かれた原書の題名をそのまま英語直訳すると、
死神永生= Death Lives Forever
と読めます。
つまりこの本の最後の場面で新たに生まれる宇宙もいずれは死を迎えるわけです。我々が暮らすこの宇宙がこの本の最後で死にゆくように。いかに強大で豊かな世界であろうと未来永劫に永続なんてしない。あらゆるものは諸行無常なのです。
要するに英語版の題名は「死の終焉」「未来への希望」を強調しているものの、その一方で原書の中国語題名では真逆ともいえる「死は永遠にあり続ける」ことを強調している。しかしながら両方とも同じ大宇宙の生涯を指しており、その大宇宙は死と生を無限に繰り返す。古代の人々が「ウロボロスの蛇」をその象徴として拝み憧れた無限の営みは、まさしくそれほど膨大な時の大河のはるか彼方にあるのです。
以上は僕がそう解釈しているだけですが、2言語での題名の付け方ひとつにしても本当によくよく考えた上でつけられているなーと思わず唸りました。
三体3 死神永生 ネタバレ・考察: 完読して分かったこと
三体3・死神永生を日英2言語で完読したあとでいろいろ分かった事があるのでここで考察しておきます。
三体3 死神永生 考察: 第一部の始まり部分はなぜ「コンスタンティノープル陥落」なのか?
第一部がビザンティン帝国の崩壊を象徴する1453年のコンスタンティノープル陥落の描写からはじまるので「なぜここでビザンティン帝国崩壊が?」と思ったのだが、本篇を完読した今ならその意味がよく分かります。
死神永生 日本語版(早川書房)第一部P34より以下引用:
いま、人々は学んだ。終わりのない宴はない。あらゆるものに、かならず終わりがある。
このコンスタンティノープル陥落の描写部分の最後のこの一文のごとく、この三体三部作という一連の壮大な物語にも終わりが近づいている。そして大宇宙つまり文字通り我々人類が知りうる「すべて」に終焉は来る。どんな壮大な物語にも終わりが来る。それを三体三部作の完結篇・死神永生がまさに始まらんとする開幕部分で暗示しているわけです。
三体3 死神永生: 日本語版を読んで良いと思った点
冒頭にこれまでのあらすじが書いてあります(これは英語版にはない)
あと三体三部作は登場人物が多いことで有名です。しかも完結篇の死神永生はたぶん三部作中でも最もキャラ数が多くて混乱しがちなのですが、なんと!早川書房の文庫本には親切なことに、けっこうしっかりした紙の「登場人物表」が付いてくる!これなら読みながらカードを見ることもできますし栞として挟み込むこともできますね(これも英語版にはない)
登場人物表はこんなかんじ。
死神永生を含む三体三部作を完読した感想
最後に三体三部作すべてを日英2言語で完読した後での全体的な感想を述べておきます。
まず最初は日本語ではなく英語で死神永生を完読したのですが、それには2つ理由があります。
- 2020年末時点では日本語版の発売がまだされてなかったし、原書の中国語本を読もうにも僕のショボい中国語ではまるで歯が立たないので、やむを得ず英語本をまず読むしかなかったから
- 著者の劉慈欣さんが「ケン・リュウによる英語訳本は原書の中国語本よりもむしろよく書けていると思うくらいに脱帽なので、英語が読める読者達には英語版を読むように勧めている」という噂をネットで読んで興味を持ったから
ちなみに死神永生の英語訳者のケン・リュウさんは中華系アメリカ人でご自身も有名なSF作家でもあります。僕の感想としては英語版・死神永生での彼の書く英語は非常に分かりやすく、かつ英語の詩的表現が豊かで「とてもバランスがとれている英語」だと感じました。中国語や漢字の知識がない読者の理解を助けるため各所に脚注もつけてくれている点もよかった。
僕は日英2言語で三体1「三体」(The Three-Body Problem)も三体2「暗黒森林」(The Dark Forest)も完読したんですが、当三部作は1,2,3と進むごとに話の幅が広がってゆき、最終作三体3ではそれはもう途方もない時空スケールに広がってゆきます。誰かが評していたとおり、各巻ごとに「どんどん大風呂敷を広げ、挙句の果てに畳まない」。たしかにそれこそが「三体三部作」なのだ、と実感しました。
また各所で「宇宙物理学理論・ゲーム理論・社会科学理論などとにかくいろいろ盛り込み過ぎな感あり」と言われているとおり、本作品はじつにてんこ盛りでハードSFの真骨頂の極みと言えます。
しかし個人的にはそんなSF要素ガンガン盛り込み具合もさほど気にならなかったのは、本作品でまさに「大風呂敷」を広げるがごとく時空スケールがぐんと広がったおかげなのだろうと思っています。もしかしたら普段ラノベしか読まない方は理解が追い付かなくて本作品を読み終える前に挫折するかもしれません。が、これがガチのSFというものです。皆さん、ようこそハードSFの世界へ。
「ある日を境に視界の端っこに数字カウントダウンが見えてそれが四六時中ずっと続き、恐怖・絶望・ストレスで追い込まれどんどん精神的におかしくなってゆく」
というまるで映画「リング」を彷彿とさせるような展開で読みながら「これはホラーなのか?」と疑うようなハラハラドキドキ具合も僕はかなり好きでした
今回は以上です。